梅ヶ島の大谷崩
梅ヶ島の大谷崩の写真
梅ヶ島近辺の地図

(国土地理院 1:25,000 梅ヶ島)

 大谷崩は,安倍川水源の一つである大谷嶺が,1530(享禄3)年の大洪水,1604(慶長4)年の地震などをきっかけに崩れだし,1707(宝永4)年の大地震により大崩壊したもので,長野県の稗田山(ひえだやま)崩れ,富山県立山の鳶山(とびやま)崩れとともに,日本三大崩れの一つに数えられている.大谷崩の広さは,180万・(駿府公園の約10倍),高さは800mもあり,「扇の要」と呼ばれる地点に立つと,急角度の崩落地形が,扇のように展開する.中央部には,大規模な破砕帯を伴った南北方向の断層があり,断層の東側斜面は頁岩,西側斜面は頁岩と砂岩の互層からできていて,断層を境に複雑に折れ曲がっている.

(坂田算浩)